2005年12月28日

時の歩廊で 第14部 「YOU AND THE NIGHT AND THE MUSIC」(6)

第71話

「慎吾くん、私、今回改めて思ったんだけど」
奈緒子が慎吾を見つめながら、言った。
「慎吾くん、あなたやっぱり強いよ。・・・しばらく会わないうちに強くなった、というべきなのかな?」
「俺が?強い?」
奈緒子は静かに頷いた。
 慎吾は昼間の藤木の言葉を思い出していた。慎吾に投げかけられた「なんでお前はそうも強いんだ?」という言葉は、未だに慎吾の頭の中をぐるぐると回っていた。
「強くなんかないよ。俺なんか、自分の進む道一つ決められないんだ・・・」
「それは・・・」
 奈緒子が笑いながら言った。
「それは、あなたが自分の強さを自覚していないからよ。そういう意味ではあなたも優くんも同じ。あなたはただ自分の信じる道を進んでいけばいいだけじゃない。みんながあなたを応援しているわ」
「・・・うん」
「そこで、相談なんだけど・・・」
「何?」
「私と一緒に東京で活動しない?生意気なようだけど、『萩原奈緒子東京カルテット』のフロントとしてサックスを吹いてみない?」
「俺が?」
奈緒子がゆっくり頷いた。
「さっきも言ったとおりドラムは優くん、ベースは数馬くんがやるわ。別にあなたが他の仕事をやっていてもかまわない。バンドの一員としてサックスを吹いてくれればそれでいいの」
「なんで、俺なんか?」
「うん・・・。今回のライブでわかったの、多分私が一番私らしくいられるのはあなた達と一緒に演奏できる時だと・・・」
「それは・・・、確かに俺もそう思う。でもいいのか、俺で。いや・・・、音楽的なものはともかく・・・」
「・・・モト彼と一緒でいいか、ってこと?」
「・・・うん」
「じゃあ、慎吾くんは私のことをどう思っているの?」
 慎吾は言葉に詰まった。一番自分の中でも消化できてないことだった。
「・・・奈緒子はどう思っているんだよ」
「ずるい、慎吾くん。先に質問したのは私よ」
 慎吾は必死に考え、そして正直に言うことにした。今言わないと、きっと慎吾の気持ちを奈緒子に伝える機会は失われるだろう。そんな気持ちが慎吾を正直な気持ちにさせた。
「俺は・・・、奈緒子については悪かったな、と思っている」
「悪かった?」
「別れる時に、幸せにしてやれなかったなぁと思ったんだ。でもそれだけじゃない」
「何?」
「正直言うと、・・・今でも好きだ」
 奈緒子は目を丸くして慎吾を見て、そして吹き出した。慎吾は自分の顔が赤くなるのを感じた。そんなことを言うんじゃなかったと思った。しかし、それに続く奈緒子の言葉は意外なものであった。
「ごめん。笑っちゃったのは慎吾くんの言っていることがおかしいからじゃないの・・・。おかしいからじゃなくて・・・、私が慎吾くんに対して思っていることとまるっきり同じことを慎吾くんが言ったから、つい・・・」
「・・・」
「私も慎吾くんのこと、今でも好きよ。でも、慎吾くん、よく考えて。高校大学とつき合っていた頃の『好き』と今の『好き』、どのくらい差がある?」
「・・・」
 慎吾は目を閉じて考えた。確かに今の方が『好き』という感情は圧倒的に弱かった。いや、むしろその質そのものが違うような気がしてきた。
「差と言うより、質が違う感じかな?LOVEとLIKEの違いというか・・・」
「うん、そうだと思うの。そのLIKEを、過去のLOVEのために無理矢理押さえつけるなんて変じゃない?」
「・・・」
「今、慎吾くん『幸せにしてやれなかった』って言ったでしょ?私も同じよ。私もあの頃の大変だった慎吾くんを支えてあげられなかった自分の無力さを、未だに後悔しているわ」
「・・・」
「でも、またLIKEから始めましょうよ。私たち、恋人には戻れないけれど、友達になら戻れるわ」
「・・・うん」
「お互い結婚している・・・もっとも、私の場合はまだ籍を入れていないけれど・・・、結婚している相手もいるんだし、それならいいでしょ?私も、自分の気持ちに正直に生きたいの」
「ああ」
 慎吾はすがすがしい気持ちで奈緒子を見た。奈緒子は相変わらず微笑んでいた。
 その時、慎吾の携帯電話が鳴った。慎吾は慌てて携帯電話を手に取った。電話のディスプレイには「神田宏一」という文字が表示されていた。
「もしもし」
「俺だ、神田だ。昨日はお疲れさん。今大丈夫か?ライブ終わったんだろ?」
「はい、今奈緒子と話をしていました」
「それは悪いところに電話しちゃったな」
「いや、全然構わないです。どうしたんですか?」
慎吾は電話を持ち替えて椅子に深く座った。
「まず、そこにへそ曲がりのベーシストはいるか?」
「ああ、数馬ですか?もう帰っちゃいました」
「そうか・・・。じゃあ、新潟の神田が一本取られたって言っていたって伝えてくれ」
「わかりました。彼も悪い奴じゃないですから。一回一緒に演奏して酒でも飲めばわかりますよ」
「ああ、そんな感じがするよ。それから・・・、みらい銀行は大変なことになったな。宮田もニュースに出ちゃったし・・・」
「・・・はい。でも、私、今日付けでみらい銀行やめたんです」
「うん、・・・その上で相談なんだが。慎吾、・・・お前うちの会社で働く気ないか?」
「え?」
「いや、新潟まで出てこいっていうんじゃない。うちの東京進出の足がかりとして、東京支店の一員としてやっていく気はないか?」
「・・・そんな、急に言われても・・・」
「答えは今すぐじゃなくていい。でも、今回の一件ではずいぶんと犠牲者を出してしまったような気がするんだ。そしてそれには俺の事故のことも大きく関わっている」
「・・・」
「だから・・・、お前と宮田、そして石田恵理奈が、働ける場所を作っておくのも俺の役割かな?って気がするんだ」
「神田さん・・・」
 慎吾は心から神田に感謝した。その様子を話の中身がわからない奈緒子が不思議そうに見ていた。

「この道も、昔は二人してよく歩いたものね」
 慎吾は青山一丁目の駅に続く歩道を奈緒子と歩いていた。学生時代に「プルミエール」で一緒に演奏したいた頃、よくこの道を歩いて奈緒子を駅まで送っていったものだ。あの頃と違うのは、奈緒子の帰る場所が名古屋の実家ではなく、新宿のホテルだということだけである。
「ああ、・・・しかし、またこうしてこの道を一緒に歩くとはね」
「うん・・・」
 歩道の横を走る青山通りは夜も更けようとしているというのに、相変わらず交通量が多く、たくさんの車が走っていた。
「ねえ、慎吾くん。・・・私、思うの」
「・・・なにが?」
「人生ってさ、歩廊みたいなものだと思うのよ」
奈緒子が歩きながら言った。その視線はまっすぐ正面を見ていた。
「歩廊?」
「うん、屋根がついていてね、その横からの出入りは自由な、そんな長い長い、延々と続く歩廊・・・」
「・・・」
「時間にあわせてそこを歩いていくと、人が横から入ってきて一緒に歩いたり、そして時にはそこから出て行くの。・・・ううん、他人だけじゃなくて、自分もたまにはそこから外れたりするんだけど、でもいつかは自分の歩廊に戻っていく・・・。私の人生の歩廊で、あなたとは一緒に手をつないで歩いていたこともあったわ」
「うん」
「でもその時期も終わって、あなたは私の歩廊から出て行った。・・・あなたにとっては私が出て行ったんだと思うけれど・・・。でも、また一緒に、今度は手をつないではいないけれど、また一緒に歩くことができそうじゃない」
「うん、・・・そうかもしれない」
「恋人ならいつかは別れることになるかもしれないけど、でも友達なら別れるなんてことは気にしなくてもいいと思うの。一番好きな友達として、やっていければそれでいいじゃない」
 いつしか二人は青山一丁目の駅に着いていた。奈緒子はくるりと慎吾の方を向くと明るく言った。
「じゃあ、慎吾くん。私はここで」
「ああ、またよろしくな」
「・・・そうそう、実は慎吾くんに友達として贈り物があるの」
「贈り物?」
奈緒子が慎吾に微笑んだ。

続く



posted by 山崎隆之 at 00:00| 時の歩廊で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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