2005年12月26日

時の歩廊で 第14部 「YOU AND THE NIGHT AND THE MUSIC」(4)

第69話

 慎吾は廊下を走った。すでに放送室の前には人だかりが出来ていた。
「おい、開かないぞ」
「だめだ、中から鍵を掛けているだけじゃなく、バリケードを組んだらしい」
などと言う声が聞こえる中、慎吾は人だかりを強引にかき分け、扉の前にたどり着くと、必死にドアを叩いた。
「バカ、宮田。何をやっているんだ!」
行内の放送設備からは相変わらず宮田の声が流れていた。
「ここにいる藤木専務は何も喋らないと強情を張っているので、私が代わりに説明しましょう。この藤木専務は、昭和五十八年頃に富士友銀行の新潟支店にいましたが、そこで顧客相手にヤミ金融まがいの行為をやっていました。さらに全くのプライベートで自分とトラブルを起こした相手を、そのヤミ金融の顧客を使って車で撥ねさせ、殺そうとさえしました。・・・ね、そうですよね、専務」
「・・・私はそんなことやってない!」
苛立つような藤木の声が聞こえた
「何を言っているんですか。その顧客、石田英子があなたの顧客だったという証拠は、ほら、ここにあるんですよ。石田英子の娘で、当行の元行員、石田恵理奈が書いた手記がここにあるんです」
「・・・」
「それだけじゃないんですよ、皆さん。石田恵理奈の手記によると、今度はシステム開発部に異動になって、当時富士友とキャピタルが共同開発していたシステムの開発担当になると、業者と結託して、銀行の預金から余剰の利息を自在に引き出すシステムを作りましたよね。あなたはそれを、甘い言葉を使って自分の手下にした石田英子の娘・恵理奈をキャピタル銀行に就職させ、おおいに私腹を肥やした・・・」
「・・・」
「異例の出世をしたあなたですが、ずいぶんとお金をばらまいたようですね。みんなわかってますよ。こっちにあるのが川嶋元常務がまとめたあなたのばらまきリストです。これらはもう全て新聞社やテレビ局と言ったマスコミに送ってあります。それに石田恵理奈ももう警察に出頭したそうですから、この手記の内容のことは全て警察に話しているでしょうね。マスコミにも知られた話だし、警察への口封じも通じませんよ」
「・・・ううう」
 スピーカーから藤木の唸る声が聞こえた。
「宮田、やめろ!そんなことまでする必要はない!」
 慎吾は必死に扉を叩いたが、扉はびくともしなかった。しかし、慎吾の声は宮田に届いたようだった。宮田の声がスピーカーを通じて流れた。
「慎吾くん、そこにいるのかい?」
「ああ、頼む、宮田。ここから出てきてくれ。こんなことする必要ないじゃないか!」
「いや、慎吾くん。これは僕のけじめなんだ」
「・・・けじめ?」
「ああ。おそらくこのみらい銀行は今日の騒ぎで姿を消すと思う。それでも僕はこの銀行を愛していたんだ。自分の働く場として、愛していたんだ」
「・・・」
「だから、この銀行をこんな風にしてしまったこの藤木専務を、僕はどうしても許せないんだ」
「・・・宮田・・・」
 慎吾は呆然と天井のスピーカーを見つめた。続いてスピーカーから流れてきたのは別の声だった。
「有戸さん、私は君にあやまらなくちゃいけないんだ」
「・・・大谷さん」
 声の主は宮田と一緒に放送室に入った大谷だった。
「私も大事な話をしなくちゃならないんだ。・・・私は、この藤木専務に言われるままに、有戸さんの奥さんを誘惑したんだ。有戸さんと奥さんが別れられるようにしてくれれば君の地位は保証するよと言われて・・・」
「・・・」
「宮田さんから全てを聞いた時、そして藤木専務の過去の悪行を知った時、私は藤木専務の命令に従ってしまった自分自身がすごく恥ずかしかった。銀行内での地位という餌につられて、悪魔に心を売ってしまったのかもしれない・・・」
「・・・大谷さん」
「昨日のライブの時に、君の奥さんには別れを告げた。もう二度と君や君の奥さんの前に姿を現さないよ」
「・・・」
「有戸さん、本当にごめん。悪かった・・・」
 そこまで言うと、大谷の声は藤木に向けられたようだった。
「藤木専務。私に有戸さんの奥さんを誘惑しろって命令しましたよね、私の前に百万円の札束を置いて。それで上手くいったらさらに二百万円だって・・・」
「・・・」
「おっと、これはシラを切れませんよ。何て言っても私が生き証人ですから」
続いてスピーカーからは宮田の声が聞こえてきた。
「専務、もういいかげん全て話しましょうよ。もうこのみらい銀行はおしまいなんですから。もう今夜には金融庁がなにかしらの決断をするはずですよ。一時国有化になるのか、全くの解散になるのかはわからないけど、きっと専務がやって来たことは洗いざらい調べられますよ」
「・・・」
「いや、調べさせます。この銀行をダメにした張本人、つまりあなたの今までの仕事っぷりをじっくり見てもらおうと思いますよ」
 しばらくの沈黙が続いた。慎吾は固唾をのんで成り行きを見守った。沈黙の後から聞こえたきたのは藤木の声だった。
「有戸さんは、そこにいるのか?」
「いるはずですよ。慎吾くん、そこにいたら扉を三回叩いてくれ」
宮田の言葉に従い、慎吾は鉄の扉を三回叩いた。
「有戸さんは扉の外にいますよ。有戸さんになんか言いたいことがあるんですか?」
宮田がそう言うと、藤木は沈黙した。しかし、やがて口を開いた。
「有戸。・・・お前が、・・・俺の人生を狂わせたんだ」
「・・・」
「・・・お前と神田に恥をかかされてから、俺はしばらくお前たちを憎み続けた。しかし、石田英子がお前たちを殺すのを失敗して、神田が車椅子の生活を送ることになって、俺は石田英子の口止めのために慰謝料を出してやらなくてはならなくなった。そのため・・・、どうしても自由に出来るお金が必要になったんだ」
「・・・そのために余剰の利息を自在に引き出すシステムを勝手に組んだわけだな」
宮田の唸るような声がした。
「自分自身もうそれで懲りていた。思いがけず必要以上のお金と、それによって銀行内での地位も手に入り、俺は一時的にお前や神田のことなんか忘れていたんだ」
「・・・それがなんで?今更?」
「・・・人事課長になって行員の名簿を見ていた時に、俺は有戸慎吾と言う名前を見つけてしまったんだ。その時にあの二十年前の憎しみがまた戻ってきて、俺は、・・・おかしくなってしまった。俺には地位も金もあるのにそれには満足できず、ただただ有戸慎吾という男を地獄の底に落とすことだけを考えるようになってしまったんだ」
「それで、慎吾くんが困るようなことばかりを?」
「・・・神田の時に、直接手を下して失敗することには懲りていた。口止めにも慰謝料にも思った以上に金とそれを捻出するための手間がかかってしまった。そこで今度は、なんとか有戸が勝手に自殺でもするように、ねちねちといろんなことをやった。横領の濡れ衣を着せてみたり、リストラ部屋に送り込んでみたり、別居中のカミさんを奪ってみようとしたり・・・。でも有戸・・・」
「・・・」
「・・・お前はまだ生きている。それどころか、・・・俺にあんなに痛めつけられたのに、なんでお前はそうも強いんだ?」
「・・・」
「なんであの状況で、サックスなんか吹いていられるんだ?どうしてだ?なんであんな演奏が出来る?なあ、有戸、答えろ!俺にわかるように説明してみろ!なんで、俺の人生をメチャクチャにしたくせに、お前はそうも・・・」
 スピーカーから嗚咽が聞こえた。藤木が泣いている声だった。
「あなたと・・・」
 しばらくして宮田の声が聞こえた。
「あなたと、慎吾くんじゃ違うんだよ。確かに慎吾くんにはあなたのようにお金も地位もない。でも・・・」
「・・・」
「慎吾くんにはかけがえのない仲間がいる。お金だけで結びついたあなたの人間関係と違って、純粋に信頼し会える仲間がいるんだ。藤木さん、今まで五十数年生きてきたのにもかかわらずそういう仲間を作ってこなかったのは・・・」
「・・・」
「あなたの、大きな敗因ですよ」
 スピーカーからは藤木の嗚咽が流れた。宮田と大谷はそんな藤木に、過去の悪行を文章としてしたためさせているらしかった。
「慎吾くん」
 慎吾はスピーカーの宮田の声に呼ばれた。
「もう時間だよ。こちらはこれでOKだ。僕たちはこれから警察に行くよ。慎吾くん、心おきなく演奏してきて」
「・・・宮田」
「心配しないで。今日は演奏を聴きに行けないけど、また楽しく吹いてきて欲しい」
「・・・」
「さあ、行ってくれ。仲間たちが待ってる」
「・・・ああ!」
 慎吾は決心した。振り返ると扉に背を向けて歩き出した。しばらくして後方で扉が開いたようだったが、慎吾は振り返らなかった。慎吾とすれ違いに数名の警官が行内放送室に向かっていった。

続く



posted by 山崎隆之 at 00:00| 時の歩廊で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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